私たちのテリトリーは、日本橋川を境に江戸橋から昭和通りの東側の地域です。
元禄年間には浜町中洲地区に大名の下屋敷が立ち並び、室町、本町、大伝馬町方面には問屋があって、初めて問屋組合が結成されたのは元禄7年(1694年)という記録が残っています。その後、水陸の交通要衝のため、非常に商業が発展し、小舟町、蛎殻町、小網町の商品、食品、雑殻問屋、堀留町、富沢町周辺の織物問屋、横山町、馬喰町の小間物雑貨問屋(現在では繊維装粧品問屋)などが軒を並べ、各商品取引所も地域内に集まり、日本の一大集散地となっています。
その後町人文化が発展し、この界隈には、歌舞伎の「江戸三座」をはじめ、人形浄瑠璃や見世物小屋が軒を連ね、多くの人々で賑わうようになりました。絵草子や浮世絵も盛んに出版され、庶民から大名までがこの地の文化を享受し、日本橋は江戸文化を全国に広める中心地として活気にあふれていました。
明治となって以降は、渋沢栄一翁が明治6年(1873年)に兜町に第一国立銀行を設立し、その後その周辺に日本最初の株式取引所(現東京証券取引所)や数々の会社が設立され、兜町は金融・証券取引の中心地となっています。
戦災により地域の大半が失われましたが、現小舟町・大伝馬町・人形町等は火災を免れ、特に人形町の一部は昔の面影を残していますし、箱崎町界隈は水運の便が良く、かつては倉庫街であり、クラブ例会場のロイヤルパークホテル、読売新聞社、 IBMなどの各ビルが立並び首都高速道路箱崎インターチェンジ下には東京シティエアターミナルがおかれています。
水天宮のお祭りとか、芳町、浜町、中洲などに昔の良き下町情緒が残っているなど、新しいものと旧いものが巧みに調和されて、独特の雰囲気をかもしだしている地域です。
このような地域で創立した我がクラブは、1969年にチャーターメンバー28名でスタートし、2019年には創立50周年を迎えました。また、2026年には東京シティ日本橋ロータリークラブと合併し、より力強くなりました。クラブ全体の雰囲気はアットホームな中にも、各会員が個性を発揮し、大変バランスがとれています。女性会員も積極的に参加し活躍しています。また、例会の食事が美味しいと来訪ロータリアンの皆様の評判も大変よろしく、どうぞ一度例会にお越しください。大歓迎いたします。さらには、会員一同楽しいロータリーライフを過ごせるよう、炉辺会や旅行会そして合唱団の編成などに工夫をしています。
私たちは、創立以来醸成してきたクラブの歴史から滲み出る一体感や日本橋の江戸下町風情のクラブ気質を大切にし、量より質、会員間の人的関係を重視するように努めています。
東京日本橋東ロータリークラブの会合
| 例 会 | 月曜日 12:30 〜 13:30 |
|---|---|
| 夜間例会 | 月曜日 18:00 ~ |
| 移動例会 | 通常と異なる場所で開催 |
クラブ細則の規定により構成されたクラブの管理主体。
理事会は、少なくとも、会長、直前会長、会長エレクト、副会長、幹事で構成される。
クラブ理事会はこのほかに、理事、会計、会長ノミニー、会場監督、その他の会員を含めることができる。なお、理事は会長、副会長、直前会長、会長エレクト、幹事、副幹事、会場監督、会計を含め12名とする。
クラブのプログラムと活動について協議し調整発展させる為に開かれる。クラブ役員、理事、委員会委員長を含むクラブ会員全員の会合。クラブ協議会はガバナーまたはガバナー補佐の訪問時、及び適切な時に数回開かれる。クラブは地区及び地区内、他クラブのプログラムと活動に関する報告が受けられるように地区大会と地区協議会終了後にクラブ協議会を開催するよう奨励されている。
毎年12月31日迄に開催され次年度の理事および役員を選挙する会合。
年に一度、世界中のロータリアンとその家族が集う国際ロータリーの大会。
ロータリーのプログラムを推進する為に毎年各地区で開催される会合で、ロータリアンとその家族も出席できる。地区ガバナー主宰が一般的。
地区内の全クラブの期会長、幹事、一部の委員長の勉強会で、クラブの次期指導者を育成するのが目的。毎年4月か5月に開催。
地区内の数クラブの会員が集まり、ロータリーのプログラムについての合同自由討論会で、情報交換と会員親睦が目的。





